~筥崎宮散策編~

 

厄除け・勝運の神様を祀る筥崎宮さん。鎌倉中期の蒙古襲来の際、亀山上皇が参拝して必勝祈願をした後、神風が吹いて蒙古軍が撤退し、勝利を勝ち取ったことから「勝利の神」として全国に知られるようになりました。現在はプロ野球「ソフトバンクホークス」やサッカー「アビスパ福岡」などスポーツチームも毎年必勝祈願に訪れています。福岡リーセントホテルからほど近い筥崎宮さんは、国や県指定の重要文化財が多く見どころがたくさんあります。福岡リーセントホテルを出発点として、筥崎宮の散策に出かけましょう。

 

 

※クリックすると拡大します

写真提供:福岡市


順路① お汐井浜

 

博多では筥崎宮の海辺の真砂を「お潮井」と呼び、これをてぼ(籠)に入れて家の玄関に備え、外出の時、身を清め災いを払う風習があります。博多祇園山笠では、7/9に全ての流れが総出でお汐井取りを行い、筥崎宮にて祭りの安全を祈願します。お汐井取り以外の日は門が閉められており、立ち入ることはできません。


●豆知識●

日頃は門が閉まっていて中に入る事はできませんが、天気が良い日はとてもきれいな夕日を眺めることができます。「箱崎の夕日は 鳥居の中に入り」という川柳もあります。鳥居の先には、志賀島や玄海島を見ることができます。

順路② 高燈籠

 

筥崎宮の参道入口にある高燈籠。高さ約6メートルで石造りの均整のとれた灯籠です。文化14年(1817 年)に箱崎捕漁師が博多湾に出漁のため、帰船の目印として作ったもので、上部は木製で夜に火を入れるには漁師たちが当番制で当たったそうです。現在の灯籠は昭和43 年に改築したものです。


●豆知識●

筥崎宮の参道入口にある「高燈籠(たかとうろう)。目の前に国道3号線が通っていますが、かつては国道3号線の西側は海だったそうです。この場所に灯台の役割をしていた燈籠があることも納得ですね。

順路③ 花庭園

 

神苑花庭園は天正15年(1587年)豊臣秀吉が箱崎大茶会を開いてより400年、地下鉄2号線「箱崎宮前駅」開通などを記念して昭和62年4月開園しました。園内は冬ぼたん、春ぼたん、ユリなど四季折々に咲く花々と、京都より取り寄せた松、苔、石を組み合わせた枯山水を楽しめる本格的な回遊式日本庭園です。


●豆知識

1月から2月頃に見ることができる「冬ぼたん」がおすすめです。季節によって開園時間が異なりますのでご注意ください。

●開園期間 1月1日~12月10日

●開園時間 9:30~16:30

※水曜日は定休日です

※1月・2月・4月・放生会期間中は無休

順路④ 恵光院燈籠堂

 

筑前第二代藩主黒田忠之公を開基とし、寛永年間(1624~1644年)に開山された真言宗のお寺です。豊臣秀吉が天正15年(1587年)6月に筥崎宮に宿陣し、博多復興の町割りを命じた時に千利休や博多商人の島井宗室、神屋宗湛などと茶会を行った燈籠堂が境内にあります。

 


●豆知識

「えこういん」と読みます。おすすめは、豊臣秀吉が千利休と茶会を行った燈籠堂です。燈籠堂の前には、樹齢200年といわれる菩薩樹があります。6月には見事な花が咲き、「菩薩樹まつり」の際には普段見られないご本尊の観音様を拝顔することができるようです。



いよいよ筥崎宮本殿に入ります

 

筥崎宮は醍醐天皇の延喜21年(921年)に創建されました。宇佐神宮、石清水八幡宮と共に日本三大八幡宮として人々の信仰を集めています。1587年6月、関白豊臣秀吉が箱崎に帰還した際、筥崎宮に宿営しました。大阪に戻るまでの20日余り、この地で九州統治・天下統一の足固めをしたといわれています。

 

それでは、国指定重要文化財の一ノ鳥居をくぐり、筥崎宮本殿へ向かいましょう。

 

 

 

写真提供:福岡市


順路⑤ 一ノ鳥居

 国指定重要文化財

本宮の鳥居は、御本殿近くより数えて一之鳥居、二之鳥居と呼ばれます。一之鳥居は慶長14年(1609年)、藩主黒田長政が建立したとその銘にあります。この鳥居の柱は三段に切れ、下肥りに台石に続いています。笠木島木(かさぎしまぎ)は1つの石材で造られ、先端が反り上がり、貫と笠木の長さが同じ異色の鳥居であり、「筥崎鳥居」と呼ばれています。


●豆知識

一之鳥居の柱には、「于旹慶長第十四太歳舎己酉季秋中旬」、「豊臣黒田筑前守長政建立」という刻銘が施されています。ここからは、“慶長14年(1609)に福岡藩主・黒田長政によって建立された”ということが読み取れます。この鳥居には基礎がなく、地面に直接置いた台石に石材が積み上げられているだけなんだそうです。

順路⑥ さざれ石

 

この石は国歌君が代に詠まれている「さざれ石」です。小石が大きな岩“巌(いわお)”となり、その上に苔が生えるまでの過程は、非常に長い年月を表す比喩として用いられ、『君が代』の歌詞に歌われています。そんな「さざれ石」を、筥崎宮の境内では目の当たりにすることができます。

 

 


●豆知識

一ノ鳥居をくぐるとすぐに、パワースポットのさざれ石を見ることができます。脇出石と合わせて、運気アップのご利益があるかもしれません。福岡県糸島市には細石神社(さざれいしじんじゃ)があります。この神社は君が代の歌詞の元になった場所だとも言われています。

順路⑦ お潮井浜の真砂

 

博多では筥崎宮前の海岸の真砂を“お潮井”と言います。これをもって身を清める。春秋の社日祭の“お潮井”は特に尊いものとして扱われています。境内に置かれているお潮井浜の真砂には、厄除開運の祈願がされています。

 

 

 


●豆知識

真砂の入った「てぼ」と呼ばれる竹で編んだかごを玄関や戸口に備えて、朝夕に身を清め家の出入りに際して身に振りかけて災難除けを願います。また、豊作や虫除けを祈って田畑にまいたり、家の建て替えにあたって敷地にまいたりと、このお潮井の信仰は古くから博多の日常生活の中に根付いている地方習俗です。「てぼ」は筥崎宮で購入できます。

順路⑧ 湧出石

 

この石に触れると運が湧き出るといわれており、運気アップ、招福開運を願って多くの参拝者が触れていかれます。また、この石には古くから、「国に一大事があるとき、地上に姿を現す」との言い伝えがあります。さざれ石と並んで筥崎宮のパワースポットとして広く知られています。

 

 


●豆知識

石に触れると運が湧き出ると言われる霊石で、パワースポットとして広く知られています。石に触れる時は、少し腰を曲げないと触れることができません。足腰に注意して、招福開運・運気アップを願いましょう。



写真提供:福岡市


順路⑨ 亀山上皇尊像奉安殿

 福岡県指定重要文化財

県庁近くの東公園に立つ亀山上皇の銅像は、17年の歳月を費やして明治37年に完成しました。その原型となる木型像は、博多出身の彫刻家・山崎朝雲によって製作され、その大きさは高さ6.25メートルで銅像とほぼ同じ大きさです。上皇の木型像は平成20年に筥崎宮へ寄贈され、平成23年10月20日から筥崎宮の泰安殿にて一般公開されています。

 


●豆知識

総事業費1億円。高さ6メートルの木彫像は圧巻です。筥崎宮稲門の「敵国降伏」の勅額は、亀山上皇が納められたご親筆を模写拡大したものだそうです。亀山上皇の木型像と、「敵国降伏」の勅額を一緒に見ることができるのも筥崎宮ならではの魅力です。

順路⑩ 神木「筥松」

 

楼門そばの朱の玉垣で囲まれた松は「標(しるし)の松」とも呼ばれる神木です。応神天皇がお生まれになったときの御枹衣(胎盤 ・へその緒)を筥に納めて白砂青松の清浄なる岬に埋め奉り、標に松を植え「筥松」と名付けられて以後、筥松のある岬(崎)ということで「筥崎」の名が起こったと伝わっています。「筥」の文字は天皇様に由来し畏れ多いとして、人々の営みの場には「箱」の文字を用いました。


●豆知識

玉垣にはたくさんの絵馬が掛けられています。実在する最古の天皇と言われている応神天皇、八幡様の生命の起源が納められた聖地、かなりのパワースポットです。

順路⑪ 筥崎宮楼門

 国指定重要文化財

文禄3年(1594)筑前領主小早川隆景が建立、三間一戸入母屋造(さんけんいっこいりもやづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)、建坪はわずか12坪であるが、三手先組(みてさきぐみ)といわれる枡組によって支えられた、83坪余りの雄大な屋根を有した豪壮な建物です。「敵国降伏」の扁額(へんがく)を掲げていることから伏敵門とも呼ばれています。扉の太閤桐の紋様彫刻は江戸時代の名匠左甚五郎の作と伝わります。


●豆知識

「敵国降伏」の4文字は、武力で攻め滅ぼす覇道ではなく、徳によりおのずからなびかせる王道を示すものです。敵国を撃破し降伏させるという意味ではありません。力ではなく徳の力で勝つ。壮大な言葉ですね。

順路⑫ 千利休奉納の石燈籠

  国指定重要文化財

天正15年(1587)太閤秀吉が九州平定後、本宮に滞陣して博多町割りなどを行いました。 その時秀吉が催した箱崎茶会に随行した千利休による奉納と伝わります。 南北朝時代、観応元年(1350)の銘があります。

※拝観は放生会、さつき大祭期間中のみとなっております。

 

 

 


●豆知識

この燈籠は当時筥崎宮内にあったそうですが、明治政府により出された神仏分離令で今の場所に移されたそうです。利休がなぜ200年以上も前の古い燈籠を奉納したのか?そこに自分の名を刻んだ真新しい燈籠を置くよりも、利休らしい詫びの美学から時を経た趣のある古燈籠を置いたのではないかと、興味は尽きません。



順路⑬ 筥崎宮 本殿・拝殿

国指定重要文化財

醍醐天皇の延喜21年(921)、大宰少弐藤原真材朝臣が神のお告げにより神殿を造営し、長徳元年(995)、大宰大弐藤原有国が回廊を造営したと伝えられています。しかしその後、元寇の戦火、兵乱などにより幾度かの興廃がありました。現存する本殿、拝殿は天文15年(1546)大宰大弐大内義隆が建立したものです。本殿は総建坪46坪に及ぶ優秀な建物で、九間社流造、漆塗、屋根は檜皮葺、左右には車寄せがあります。拝殿は切妻造、檜皮葺で、梁組が2重になっている素木のままの端正な建物です。

順路⑭ 御朱印(社務所)

 

筥崎宮参拝の記念に、御朱印を拝受するのもおすすめです。御朱印は筥崎宮社務所(札所)にて拝受できます。御札・御守り・縁起物・おみくじなども、社務所で購入することができます。筥崎宮参拝の記念にお立ち寄りください。

 

●時間 9:00~17:00

●御朱印記帳料金 500円